30代独女のつぶやき

聞いてほしいことや書きたいことを思いのままに記します。

非常に脆い氷の上に日常は成り立っている

 

 

小説『生のみ生のままで』(綿矢りさ集英社、2019)を読んでいる。
この小説に関しては何の情報も無く、「綿矢さんの小説」というだけでなんとなく手にとった本だったが、私の現状や心情と重なる箇所がすぐに出てきて驚いた。

攻撃してくる奴のせいで自分の居場所追われるなんてバカらしいじゃん」(p.46)

‥‥自分が言われているかのようだった。
現に、当初は母もそう言っていた。
「隣人のせいで家を出るのはくやしくないか」と。
でも、

そうだと思うけどその客は本当にウザいし恐いしね」(p.46)

同書は、私の声をも代弁してくれた。
私の場合は、「客」で「隣人」なのだけれど。
そして、母に打ち明けたころの私は、これほど冷静沈着ではなく、泣きじゃくっていたのだけれど。

口を開くと辛辣な言葉しか出てこない。意地悪夫婦は私を攻撃するとテンションが上がり、刺激に飢えた目を貪婪に光らせた」(p.56)

理解に苦しむのが一番辛かった。私には純粋に悪意だけで人に意地悪をして反応を楽しむ人間の心がどうしても分からない。(中略) 他人の私を何度も執念深く言葉のナイフで抉る、その深すぎる闇が理解できない」(p.57)

心底共感して、心が震えた。
「深すぎる闇」というのは、私には無かった感覚ではあるが。
どちらかというと、隣人が「光」で、私が「闇」だった。
眩しさから逃れて逃れて、私は部屋の隅っこで呼吸を整えていたから。


ひとりで家を出てから1か月半ほどが経つが、最近やっと普通に笑えるようになってきた。

夜中に急に目覚めて、不安やら自責やらに苛まれ、嗚咽まじりに泣きじゃくったのは10日ほど前だったか。
その後知らないうちに眠っていた私は、夢の中で何かしらの可笑しいことがあったらしく、布団のなかで寝ながら笑っていた。
こうやって知らず知らずのうちにバランスをとっているのか。
と翌朝に思って、人間ってすごいなぁ‥‥なんて、感慨にふけった。

そんな日を経ながら、家族や友人の支えもあり、ようやく自身をとり戻しつつある。

非常に脆い氷の上に日常は成り立っている」(p.49)
と、同書に記載がある。


脆い氷上で、脆い私は、これからどのように生きようか――。

 

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支えあって、励ましあって、労りあって。

5月23日

ドラマや映画、楽曲に関してもそうだが、作品に触れたときの状況において、感じることがまったく異なると思う。

「凪のお暇」再放送を観た。
第1話。退社し、彼氏の連絡先も消し、ほんの少しの荷物だけを持って、郊外に引っ越す。
おんぼろアパートの畳の部屋に大の字になり、深呼吸をしてから「空気がおいしい」と言う主人公・凪ちゃん(黒木華さん)。
その姿に、「もう充分だよ。職場では空気を読んで、彼氏と一緒のときも彼氏が好む自分を演じて。そんな生活から決別できたんだよ。いままでがんばったね。よかったね。凪ちゃん」と‥‥。
最終話を見終えた感覚よりも第1話のほうが、いまの私にはエンディングのようだった。

もちろん、これからいろいろなことがある。
当たりまえのように。

でも、凪ちゃん。
大丈夫。なんとかなる。なんとでもなる。
大丈夫!

なんて思ったあと、嫌なことがあって逃げるように急に引っ越した私と状況が似ていることに気づき、なんだか少し、おかしかった。
当人は不安や心配ばかりして泣いてばかりいるくせに、他者には「大丈夫」だなんて。

その夜、このマンションに引っ越してきてから初めて缶ビールを飲んだ。
凪ちゃんがベランダで飲んでいたのを思い出して。
缶ビールをあける音、シュッワシュワののどごし。
野菜炒めとビール。ただそれだけなのに、なんだか幸せで特別なお夕飯だった。


5月25日

木村花さんの自殺報道を見ると、悲しくてならない。
言葉の痛みがわかるから。
痛いよね。えぐられるよね。
人間って、怖いよね。
すごくわかるよ。
私もこれまでいろいろな経験をして、たくさん傷ついてきたから。

私はこの方のことをよく存じ上げないのだが、若い方がこうして自ら命を絶つことが悲しくてどうしようもない。
学校が始まって喜ぶ学生も多くいると思うが、その反面で、嫌な思いをする学生も少なからずいると思う。

死ぬぐらいなら、休んでほしい。逃げてほしい。

コロナ禍でみんなが我慢して苦しい思いをしているなかで、悪口やら嫌がらせやらいじめやら‥‥
ねぇ、そんなことしている場合?

いま同じ空間を生きている人のあいだで、
支え合って、励まし合って、労り合いながら過ごそうよ。。

ニュースを見るだけで心が痛んで、朝からぼろぼろ泣いた。

そしていまも、また泣いている。

 

[追記]

感情のままに書いて公開しましたが、読み直してみると、綺麗事すぎますね…。

でも、「人が人を懸命に救っている」いま、「人が人を殺している」事実が耐えられなかったんです…。

 

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どうすることもできなくて。

 

 

目覚めてすぐに、「少しずつ目が見えなくなってきている」という友人のことを思った。
右目はすでに見えなくなっていて、もう片方もどんどん見えなくなってきているらしい。

大学の卒業旅行に行くとき、頼んでもないのに、大きなスーツケースを車に乗せて駅まで送ってくれた。
お花見もした。花火も見たね。もう、何度も。
自転車のふたり乗りも、もう何十回もしたよね。わたしはひたすら背中につかまって‥。
職人さんだから、仕事に支障が出ていないわけがないよね。

わたしのことが見えなくなる日も、くるんだろうか――。


昨晩は泣き疲れて、23時前に寝てしまった。

親に悲しい思いをさせている。
友人もきっとつらい思いをしている。
この現状がやるせなくて、勝手ばかり言っている自分も嫌で、つらくて。
でも、どうしようもなくて。


「会いたくても、会えない」
いまは、がまんのとき。

これを乗り越えたら、会えるのが当然だと思っていた。

それなのに、目が見えなくなっていく、なんて、どうしてそんな試練を与えるの?

どうして。
どうして。
どうして。

外の雨のように、「どうして」が頭上に降ってくる。
友人のことについても、自身のことについても。

どうすることもできなくて、ただただ涙があふれた。

 

上階から音がする。
皆、生きてるんだなぁ、と当たり前のことを思う。

 

 

 

 

占いなんて信じない。

やっと実家を離れられて安心できる場所を見つけたと思っていたのに、親は実家に戻ってきてほしそうにしている。
ここまで耐えてきたのに。
どうして。
涙ながらに「家にいられない」って訴えたのに。
どうして。

 

昔からの友人は、日に日に目が見えなくなってきているという。
目が見えてるあいだに‥‥とか。
ねぇ、どうして。

 

「2020年の山羊座は、12年に1度の幸運期」
なんて占い、大うそ。
ひそかに信じて、楽しみにしてたのに。

 

今年、どれだけ泣けばいいの。

ヒールの力。

朝晩のルーティンである目薬を切らしてしまったことに気づき、久々に午前中から買い物に出かけた。

 

衣類をあまり持ってきていないのもあり、いつもデニム・Tシャツ・スニーカーというどーでもいい格好をしているのだが、「たまにはヒールでも履いてみようか」と、ヒールの高いパンプスを取り出してみる。

 

実家にいるときは隣家やご近所に異常なまでに気を遣い、自分の足音が怖かった。

カツカツカツカツ……。

「わたし、いまから出かけます」

「ただいま、帰ってまいりました!」

大した音では無いのに、そのように主張しているように感じた。

仕事帰りは実家に近づくにつれて、ゆっくりと、ヒールの音が鳴らないように歩いた。

ずっと神経をすり減らして過ごしていたんだなぁ……と、ドラッグストアまでの道のりを歩き改めて気づかされた。

 

ヒールを履いた自分はいつもより背筋がのびていて、なんだかすがすがしい。

この感覚は、久しぶりだ。

洗濯バサミを買い足そうか。

調理器具も増やしたい。

いろんな料理をつくりたい。

 

マンションにうつってから1週間超。

初めての前向きな感情だった。

 

目薬と洗濯バサミを調達して、マンションに戻る。

以前のように、「隣のお姉ちゃんが帰ってきた!」という隣家の声を気にすることはない。

帰宅することに怯える必要もない。

 

よく耐えたーー。

早く逃げれば良かった。

心の傷が、ここまで深くなる前に。

 

家にいるとき、たまに聞こえてくる声が怖い。笑い声も怖い。

外にいるとき、目が合うと怖い。笑いながら歩いてくる人々が怖い。

 

自分が笑われているようでーー。

 

だから、速く歩けるスニーカーを選んでいた。

 

でも……

ヒールを履いて、少し背の高くなった自分のほうがやっぱり好きだ。

 

 

帰宅後、西加奈子著『i』を読んだ。

自分自身と向き合いながら懸命に生きている女性の姿に、ぐっときた。

 

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家を出た。

壊れてしまった。

実家にいるだけで、涙が溢れるようになった。

もう家に居られない旨を、泣きじゃくりながら母に伝えた。

ホテル住まいを経て、いまウィークリーマンションに住んでいる。

動悸がして、呼吸が苦しくて、皆が私の悪口を言っているようで、周りの視線が怖くて、何が現実なのかわからなくなってくる。

なぜ、私はこのマンションにいるのだろう。

ずっと否定され続けると、こんなにもおかしくなるものだろうか。

4月上旬までは、通常どおり仕事をしていた。

実家で母とたわいのない会話をしながら、普通の生活を送っていたのだ。

この1ヶ月間で、心が全壊してしまった。

お母さん、いい年して心配かけてごめんなさい。

もう、あの実家に戻れる気がしません。

本当にごめんなさい。

もう、実家を出たほうがよいのかもしれない…。

 


2020年、山羊座は12年に1度の幸運期といわれているのだが、この現状が「12年に1度の幸運期」なのだろうか。
笑っていれば、幸せになれるのだろうか。

4/26記事「言葉は、人を殺す」にも書いたように、隣家にいやがらせを受けている。

 

m2020.hatenadiary.com

 

「実家を出る」ことには躊躇いがあり、その理由が2つある。
⑴ 
2年前まで、ストーカー被害にあっていたから。
仕事を辞めたのでいまは心配ないが、「実家暮らしでよかった」と当時心から思った。
今後このようなことが再度あるかはわかりかねるが、ひとりで住むのは抵抗がある。
⑵ 
母をひとりにしたくないから。
来春単身赴任を終えた父が戻ってくるはずなので、それまでは‥‥と思っている。
とても心配なのだけれど、私が家を出たほうが母は平穏に暮らせるのかもしれない。
と、最近思い始めるようになった。

やっぱり、母に相談してみたほうが良いのかな。
母も、隣家が私の悪口を言っていることを知っている。
私と同様、嫌な思いをしている。

ただ、お互い、それを口に出したことは無い。

昨晩、母が珍しく鼾をかいていた。
私がいることで、それがストレスになっているのではないか。
と思うとまた眠れなくて、薬を飲んで寝た。

ご近所中に響きわたるような声で私の悪口を言うので、ご近所さんも迷惑だろう。
考えてみれば、この嫌がらせは約2年程度続いている。
私がいなくなれば、問題は解決するのかもしれない。

さて、どうしよう。
どのように対処するのが、ベストなのだろうか。。

 

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